2007年のアメリカの作品で、検索すればたくさんの感想がヒットしてきます。ストーリーや主人公ラースの「病」についての解釈あれこれは脇においといて…ニッターとしてもこの映画はとても楽しいものでした。
舞台はアメリカの田舎町。季節は冬から春にかけて。派手なアクションも猟奇的な殺人もありません。質素で地味で退屈な日常生活が俳優や女優が着ている衣類や 使っている食器、街のモールの雰囲気、車からじわじわと伝わってきます。
自分の「ガールフレンド」を兄夫婦に紹介する時、ラースは素敵な(でも流行からは二周り、いやもしかしたら三周ぐらい遅れている)編みこみセーターを選びます。教会の礼拝にはネクタイと合わせてこざっぱりしたカーディガンを着てゆきますが、仕事には穴の開いた地味な焦げ茶色のセーターやくたびれたプルオーバー。ラブドール(日本で言うダッチワイフ。ネットスラングでの空気嫁)を生身の女性と思い込んで恋愛感情を抱く奇行の一方で、ラースはTPOや礼節を弁え きちんとしていることを好む、生真面目な青年であることが伝わってきます。
役どころとしてかなり重要な、ラースの兄嫁:カリンは毛玉だらけのカーディガンや深い色の単色使いのプルオーバーをローテーションで着ています。(数ショットだけでてきたツイード糸の手編みっぽい深緑のジレが気になります)カリンの素朴で温かみのある人柄とよく合っていると同時に、セクシーさを感じさせません。兄嫁がセクシーではいらぬ誤解を招いてしまうので、カリンから性的なニュアンスを感じさせないように演出家が心を砕いたのかもしれませんね。
ラースに心を寄せる女の子:マーゴの着ているものはダサダサで、流行とは無縁なちぐはぐさ。コ靴やストッキング等単品では可愛いんですが…マーゴもかわいいと思ったものを買っているんだろうけど、コーディネートとか自分を魅力的に見せようとか考えたことある?と訊きたくなります(笑) 野暮ったい服は、器用に恋も楽しめない彼女の純朴さや生きづらさそのもののようです。
教会に通っている老婦人たちの毛糸の帽子やミトンはいかにも手編みで、たぶん前はセーターだったのを解いて小物に編みなおしたんだろうなとすら思わせます。もっとも、ラースの兄:ガスは暑がりなのか、季節は冬だというのに全篇通してシャツ1枚で過ごしてます。
ラースの「ガールフレンド」であるラブドールのビアンカにはいつも可愛いセーターがあてがわれています。毛玉もついていなさそうです。ビアンカは人形だから寒いはずないのに、しっかり編みこまれたフェアアイルのカーディガンや、ピンクを基調としたノルディックセーターを兄嫁は貸してあげています。「ビアンカは南国からやってきた」というラースの設定をちゃんと考慮してあげているんですね。
![]() |
| 左からビアンカ、ラース、カリン(ラースの兄嫁)、ガス(ラースの兄) |
物語後半、ラースを慰めるために集まった老婦人たちが手に手に編み物や刺繍を持ってきているのも面白かったです。編んでいるものや作っているもの、使っている編み針や配色、図案等にそれぞれの趣味や性格、暮らしぶりがうかがえて、脇役の彼女たちにもそれぞれの人生があるのだということを認識させられます。
私が一番心を動かされたのは、映画の冒頭にもでてくる、ラースの「ブランケット」です。映画の冒頭で、ラースが自分の部屋(実はガレージ。家具も最低限で暗く寂しい部屋)の窓から寒々しい冬の景色を見つめている時に、せめてそこだけでも暖かさを感じたいとでもいうように口元におしあてているブランケット。マフラーサイズなのにどうして「ブランケット」とラースもお兄さんも言うんだろう?と不思議に思っていたのですが…
その理由が解かった時、ラースの抱える深い孤独と悲しみを垣間見ることになります。
コメディではない、現代のおとぎ話として 見終わった後にあたたかく切なくちょっと悲しい気持になります。


0 件のコメント:
コメントを投稿